2022.11.29 曇り
鬼ヶ城山
福島県 いわき市 オニオンズ
本日は2回目となる鬼ヶ城山に登ります。「ききり荘」は臨時休館日でした。(木曜日休館)
「いわきの里 鬼ヶ城」のキャンプ場内を歩き、登山口をめざします。
施設はオフシーズンに入ったのかと思いましたが、4月~12月は営業しています。
ここが鬼ヶ城山への分岐になります。西コースを選択しました。
鈍よりとした曇り空です。今にも雨が降りそうな気配です。
西コースの案内板があるので迷うことはありません。
「おむすび岩」と名付けました。
キャンプ場内~遊歩道~林道を歩いて来ました。ここから登山道になります。
風が強くなり始めました。
この木、何に見えるかなあ~、小さな鬼かも。
マムシも寒いので出て来ないといいのですが、、、
登山道はひとつ目の大岩を右折、、、ふたつ目の大岩を右折すると平らな稜線歩きになります。
強風で枯れ枝が落ちて来ないか、辺りを見ながら歩きました。
大ブナです。いわき市の山にしては珍しいかも。
そっと覗いて見たいのですが、、、玄関先の汚れ具合からして空き家のようです。
目の前にウバユリのドライフラワーが、、、
ゾウさんの鼻のようです。
昨年の2月11日に初めて鬼ヶ城山に登りました。この岩場を登ると山頂ですが、、、
前回は氷の上に雪が積もっていたので「鉄の爪」を装着して登りました。左側が切れ落ちています。
山頂からの眺めです。眼下に「いわきの里」が見えています。
鬼ヶ城山山頂です。西峰山頂の案内板も立っていました。案内板の標高は892mとなっています。
鬼ヶ城山山頂の標高は887mとなっています。どっちなの~
山頂から直ぐの所に大岩がふたつ並んでいました。「鬼ヶ城山」の石柱です。
石碑には「大山祗神社」と刻まれています。正面に万太郎山の風車群が見えます。
大岩直下は急坂です。気を付けて降りました。
馬酔木のトンネルです。
笹の丈は膝までありますが、登山道はしっかり付いています。
鬼ヶ城山の三等三角点と東峰山頂の案内板が立っていました。標高が気になります。
三等三角点の標高は887.3mになっていました。東峰より西峰の方が少し高いんですねぇ~
風が強いので木立の中でランチタイムにしました。
山中に鬼の棲家があるとのことですが、、、ここでしょうか。
長い下り坂を降ります。東コースを選択すると、ここを登ることになります。西コース廻りで正解!
ゴールまで約1kmの地点まで来ました。
「鬼」アザミかなあ~、一輪咲いていました。
ききり荘の屋根上に歩いて来た西峰(写真中央)と東峰(右端)が見えます。
鬼ヶ城の由来(施設案内板より)
坂上田村麻呂に滅ぼされた大多鬼丸の長子は配下を引き連れ、逃れ、新たに要害の山砦に立て籠もりました。
山砦(鬼ヶ城山)で頑強に抵抗しましたが、田村麻呂の精兵により滅ぼされました。
村人は彼らを「妖鬼」と恐れていましたが、鬼退治のロマンの地として親しみ、「鬼ヶ城」と呼んだとか、、、
福島県にまつわる歴史講座(岡田峰幸氏)を受講しています。
「田村麻呂と鬼の伝説」の講義から、、、
安積郡はかつて蝦夷の国でした。平安時代には大和朝廷に服属しました。
陸奥六郡(岩手県)で抵抗する阿弓流為(アテルイ)を滅ぼす戦いに協力します。
田村麻呂率いる征討軍への兵糧の供出は寒冷地であったこの地には大きな負担です。
多くの村人は田畑を捨て逃散しました。
これを憂いた地元の豪族 大滝丸(大多鬼丸)はあぶくま洞近くの仙台平に隠れ里を作りました。
困窮する村人を匿い、秘かに保護しました。すると、大和朝廷の役人は、、、
山に隠れた者たち(隠~おん)を仏教で語られる「鬼~おに」と見なしました。
鬼(おに)の語源は隠(おん)です。
2021年、田村市は鬼伝説を描いたオリジナルアニメ「オニタムラ」を製作しました。(歴史考証 岡田氏)
「鬼滅の刃」のようにヒットすることを願っています。