のんびり歩き隊

                                                                 2021.11.13      晴れ


          不動山(ブナの森遊歩道ウォーキング)

           福島県 郡山市 湖南町                                                         のんびり小隊


ローカル紙に「こおりやま熱血集団録」のコーナーがあり、「郡山市ブナの森を守る会」の活動が紹介されました。

ここは湖南町三代地区です。国道294号線(勢至堂峠)沿いに「木地師の里」の案内板がありました。

あの山が「不動山」かなあ~

ここから中ノ入集落まで約1kmあります。その先に「ブナの森遊歩道」入口があります。

中ノ入集落から約3km、田んぼの農作業道~林道をクルマで走るとブナの森遊歩道入口に到着しました。

農作業道脇には電気柵が設置され、林道は道幅が狭く、、、心細くなりそうな道。(所々に案内板あり)

遊歩道入口駐車場に1台のクルマが停まっていました。急な遊歩道を降りて来たご夫婦にご挨拶。

展望台から磐梯山が見えたとか。

石碑に梵字が刻まれていましたが、、、読めません。何時、立てられたのかも不明です。

会のみなさんは2004年4月から不動山に広がるブナの原生林を後世に伝えたいと遊歩道を整備しました。

今年中に完成とのことですが、、、立派な東屋です。トイレは山から水を引いた綺麗な水洗トイレでした。

不動明王が祀られていました。

急な九十九折れの遊歩道を登ります。

ミズキの実です。「赤珊瑚」みたいですねぇ~

階段を一段一段、手作業で作ったそうです。

材木を持って斜面を担ぎ上げ、滝見台を作りました。

滝見台から不動滝を望む。

ブナとヤマモミジ、いいですねぇ~

ブナ見台と呼ばせていただきました。

ブナ見台から見上げると、、、「ブナと青空」の調和、いい感じです。

ここで一句詠みました。【ブナの森 歴史をつなぐ 木地の里】

会のみささんは農家の忙しくない6月、11月に整備作業を続けたとのことです。

中心メンバー8名とボランティアのみなさんに感謝しながら登りました。

斜面にベンチが作られていました。

ベンチに座ると会津布引山の風車群が目の前に見えました。

ブナの森の住人「不動ブナ」です。

不動山山頂付近になるとなだらかな斜面になりました。

展望台です。材木&工具などの荷揚げ、、、大変だったと思います。

三角点ではありません。境界杭です。標高(P812)からすると不動山の山頂だと思います。

山頂からの展望はありません。国土地理の地図によると正面の山に4等三角点があります。

展望台から猪苗代湖と磐梯山を望む。山頂が見えなくて残念。

「俺」の縄張りだと、、、クマが噛んだ跡です。

ヤマモミジが綺麗ですねぇ~

落ち葉を踏み締めながら歩く。

コンパーノレッドが見えて来ました。駐車場の片隅に階段の補修材が置かれています。

クマ除け鈴とストックの貸し出しがあります。

遊歩道施設管理協力金を少しですが、竹筒の中に入れさせていただきました。

下りの林道を撮影しました。中ノ入集落まで4つの橋を渡ります。

収穫の終わったソバ畑です。湖南のソバ粉で打った蕎麦も美味しいです。

下山後、「木地師の里資料館」を訪ねました。オーナーの小椋さんが快く、館内を案内してくれました。

蒲生氏郷が会津を拝領した際、滋賀県永源寺町から会津漆器の基礎となる木地師が同行して来ました。

1786年、会津各地の良材を求め、中ノ入集落に移住したのが始まりとされています。

その後、陶器が主流となり、木地挽が衰退したことでブナの森が残ったとのことです。

手回しの二人挽きロクロです。この他、たくさんの道具が展示されていました。(開館は金・土・日 無料)

860年、文徳天皇の皇子の惟喬(これたか)親王が近江の国の山里でドングリの実の形から思い起こし、、、

作り始めたのが木工ロクロの起源になったとか。

親王は弟との世継ぎ争いに敗れ、山中に身を隠し、家臣の小椋大臣実秀と大倉大臣惟仲にロクロを使って

木地を挽くことを伝授、これが木地師の始まりと言われています。中ノ入集落は小椋姓が占めるそうです。

「サウスレイクコテージ田舎」の看板があり、Webを検索するとオーナーはコテージを経営する整体師さんです。

INAKAは農業体験・BBQ・キャンプが出来る施設になっています。

   

湖南町御代地区の国道294号線沿いに「大阪屋」「山形屋」「柏屋」などの屋号が立ち並んでいました。

「本陣」もありました。ここは白河街道と呼ばれた時代の宿場町の名残です。

白河街道は会津地方と奥州街道を結び、会津東街道とも言われていました。大内宿は会津西街道沿いです。

1545年、蘆名氏によって勢至堂峠経由の街道が開かれました。

この街道を奥州仕置の際、豊臣秀吉が歩き、、、会津入りの際、蒲生氏郷も歩きました。

戊辰戦争の際は土方歳三も湖南町に泊したと言う記録があります。

サニーランド湖南温泉です。60歳以上の郡山市内在住者は無料で入浴することが出来ます。

タダでも「老人券(無料)」をいただくと何故か、、、悲しくなりますねぇ~

   

湖南町のラーメン屋と言えば「○阪屋」さんが有名、観光などでこの地を訪れたら立ち寄るようにしていますが、、、

本日は以前から気になっていた湖南小中学校前にある「えびね食堂」さん入りました。

「ふくしまらーめん道」で紹介された「ネギラーメン」を注文、醬油ベースにゴマ油とにんにくの香りが相まっています。

3本分のネギと豚肉がたっぷり、、、美味しゅうございました。



郡山市ブナの森を守る会のみなさんのルーツは滋賀県永源寺町(東近江市)から来た木地師です。

歴史にロマンを感じ、木地師の里資料館のオーナーと父親が著作・監修した冊子を購入しました。

大切にしたい「木地師の誇り」と「繋がり」を読み取ることが出来ました。

約1100年の歴史の中で木と共に生きたことが「ブナの森遊歩道」作りに繋がったと思いました。