のんびり過ごし隊


 飯坂町散策&穴原温泉【2020.11.28~29】 雨/晴れ                                     のんびり夫婦隊
    福島県 福島市飯坂町


   

飯坂町にあるらーめん厨房「大」さんです。ふくしまSHOW飯坂編で紹介されました。

「味玉塩ラーメン」を食しました。さっぱり塩味、美味しゅうございました。雨が降り出して来ました。

14:00からチェックイン出来るので温泉に行きましょう。

本日は穴原温泉に泊します。途中、梟の置物がたくさんあるギャラリーを見つけたので入ってみることにしました。

大津館長自ら収集した梟Goodsのコレクションの数にびっくりしました。ギネスに登録出来るのでは、、、

梟Goodsは約4万点以上、ギャラリーへの入館は無料です。

飯坂温泉娘の「飯坂真尋」さんです。全国に約120名いる温泉娘のひとりです。(このコーナーのみ撮影可能)

大津館長は斎藤清画伯の助手(専属摺り師)を約40年努めた方です。その間、自身の版画作品も創作しました。

ギャラリーには梟ばかりか、斎藤&大津画伯の版画を常時展示、鑑賞することが出来ます。(購入可)

5回目のGoToトラベルに選んだ宿は穴原温泉の「いづみや」さんです。(翌朝撮影)

   

大浴場と露天風呂です。露天風呂から摺上川と時期外れの紅葉を見ることが出来ました。

   

「いづみや」さんの夕食と朝食です。



翌日、、、

   

ここは茂庭っ湖のダムサイトです。摺上川ダムは多目的の中央コア型ロックフィルダムです。

193世帯、約600人の方々の協力で平成17年9月に完成しました。貯水量は全国24位です。

写真中央の構造物は「選択取水塔」です。塔にはふたつのゲートがあり、温かい水と冷たい水を取水しています。

ダム表層の温かい水は農作物の育成、川の生物など環境に配慮した温度の水を提供。

ダム低層の冷たい水はプランクトンなどが少なく、浄水の負担を軽減、飲料水に適した水を提供。

   

ダム堤頂は散策路になっていてダムの端から端まで歩くことが出来ます。

ダムの下流域にはキャンプ場や温泉施設などがあります。

古関裕而先生が音楽を担当したNHKラジオドラマ「さくらんぼ大将」の主人公 六郎太少年の像です。

雪を纏った山は栗子山でしょうか。(写真中央右端)

摺上川ダムインフォメーションセンターです。

歴史資料館になっているので入ってみることにしました。茂庭の由来を読むと、、、

茂庭氏は山城国の斎藤別当盛実(平家の武将)の末裔です。盛実の末裔の実良は奥州に移住し、、、

伊達家初代朝宗に仕え、伊達郡茂庭村を領し、「鬼庭」を名乗りました。(秀吉の命により「茂庭」と改名)

1585年(天正13年)人取橋の合戦で佐竹・葦名連合軍と戦った「茂庭左月良直」が有名。(殿、討ち死)

茂庭氏に関する資料などが数多く展示されていました。

通常のダンプカーのタイヤと工事に使用されたダンプカーのタイヤの比較です。

茂庭っ湖のジオラマです。ダム湖左岸、下流から「白根沢」、次が「烏川」です。

ダムが出来る前の摺上川水系烏川で渓流釣りをしました。烏川出合から約10km走っても林道は続いていました。

摺上川本流の姿です。夏には川遊びが出来るようです。

この○○寒い中、テントが5張。人のこととやかく言えませんねぇ~、山爺は雪の中、キャンプしていましたから、、、

「もにわの湯」です。隣接の「もにわふるさと館」では産直のりんごや野菜が売られていました。

このあと、飯坂の街に戻りました。

   

旧堀切邸を見学しました。 堀切家は江戸時代から続いた豪商・豪農の旧家です。

左写真は常泉寺山門のモミジです。(旧堀切邸左手の寺)

受付嬢の温泉娘「飯坂真尋」ちゃんにご挨拶。

旧堀切邸の主屋玄関先で撮影(こんにちわのポーズ)をしているお嬢ちゃまふたり。

貫禄のあるケヤキが3本。(推定樹齢約260年)

足湯と手湯がありました。温泉の街ですねぇ~

堀切邸は2016年(平成28年)3月9日の「飯坂湯めぐりウォーキング」以来になります。

   

主屋の中を拝見させていただきました。

主屋の裏には新蔵、中の蔵、道具蔵が立ち並んでいます。それぞれの蔵が歴史資料館になっています。

   

次に訪れたのは「片岡鶴太郎美術庭園」です。撮影禁止なので紹介出来ませんが、、、

片岡鶴太郎さんはお笑い芸人、俳優、ボクサー、書家、画家、陶芸家など多才な方です。

自然や魚を描いた日本画、水墨画、陶芸品など約90点が展示されています。(入館料¥950円、次回は無料)

園内には松屋レストランがあり、昼食に「三元豚味噌カツ」を食しました。

今年の1月12日、結納式の後、「いい電」に乗って飯坂町の西根神社にY&M夫婦の末永い幸せを願い参拝しました。

丁度、「うそかえ祭り」の最中でした。凶を大吉に替える「鷽鳥」をお守りに買って来ました。

今回は「凶」と言う新型コロナウイルス感染を大吉(健康第一)に替えるように願い、御朱印をいただいて来ました。

医王寺は826年(天長3年)、弘法大師によって開基されました。杉並木を通り抜けると奥の院「薬師堂」です。

弘法大師御作の薬師如来をお祀りしています。「鯖野のお薬師さま」と呼ばれ、多くの人々に親しまれています。

佐藤継信公・忠信公兄弟の墓です。

父 佐藤基治公・母 乙和御前の墓です。

墓碑の傍らに1本の椿の古木がありました。不思議と蕾のまま開かず落ちてしまう花があるとのこと、、、

息子たちを失った母の悲しみが乗り移ったと言われています。

中尊寺ハス池

2017年9月、「義経・与一・弁慶・静・継信・忠信合同サミットinふくしま」が飯坂町で開催されました。

その際、平泉町との由縁から奥州藤原氏とゆかりの深い医王寺に中尊寺ハスの株が植えられました。

11月なのに、、、スギ花粉が今にも飛散しそうです。

中央に源義経公、右に兄 佐藤継信公、左に弟 佐藤忠信公の像です。

奥州平泉の藤原秀衡公のもとにあった源義経は平家打倒を掲げて起ち上がりました。

その時、父佐藤基治はふたりの息子を義経の従者として遣わしました。

兄弟は義経に忠義を尽くし、各地で目覚ましい活躍をしましたが、、、

兄継信は四国屋島で、弟忠信は京都の地で共に義経を守って命を落としました。

義経が平泉に逃げ延びる途中、父基治のもとに立ち寄り、遺髪を埋めて法要を営んだと言われています。

宝物殿「瑠璃光殿」には佐藤一族、源義経、弁慶ゆかりの宝物を展示。正面に薬師如来が座しています。

瑠璃光山 医王寺本堂です。本尊大日如来像が座しています。

医王寺は松尾芭蕉ゆかりの地でもあります。山門の古木は樹齢約300年のシラカシの木です。

1689年(元禄2年)5月2日、「奥の細道」行脚の途中、当寺を訪れています。

佐藤一族の墓に詣でた後、一族の戦いや妻たちの逸話を聞いた芭蕉は袖を涙で濡らし、、、一句。

「笈も太刀も 五月にかざれ 紙幟」

福島交通飯坂線を走る、「いい電 1000系電車」です。25年ぶりの新形式車両は旧東急1000系です。

この後、Mちゃんお薦めの「つちぱん笹谷店」に立ち寄り、帰路に着きました。



GoToトラベルを利用して福島市飯坂町を訪れました。

温泉、グルメ、歴史文化に触れることの出来る旅はいいなあ~、このようなカタチではなく、、、

新型コロナウイルスが終息し、気兼ねなく旅をしたいものです。次回はいわき市を訪ねます。